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仮題:スタナーと彼をめぐる話しについて 12 [仮題:スタナーと彼をめぐる話しについて]

【12回目】

♪好き? きらい? トミー!

「トミーは変なものが好きになっちまったんだな——きっと」
「ギターを好きになっちゃたのね。普通じゃないわ」
「そうだ、もっと別なものを——つまり車だとかね、ドライブだとか——それからスポーツだとか——そんなものを好きになればよかったんだ」
「わたししってる——変なものを好きになっちゃったおかげでずーっと独りぼっちなの。誰とも結婚しない」
「でもきみはモシアズと結婚してたじゃないか?——それはどう説明する」
「あの人が好きだったものはごく普通のものよ」
「それはなんだ?」
「純粋なのよ——『純粋』——あの人は純粋なものを作り上げるために贋作を産み出していったの——わたしは今でも思ってる——あの壁に掛けた絵はわたしにとって一生の『純粋』なの」
 わたしにはのろけにしか聞こえなかった。それがサワコの『純粋』だった。
「でも行き過ぎだったのね」
「スタナーはどうだ?——彼は普通のものが好きだった。彼には家族しかなかったんだ」
「家族が好きだ——それって普通なのかしら?」
「どういう意味?」
「普通じゃないこともあるってこと」
「それはとても自然なことじゃないか。そうだろサワコ」
「家族を好きになったばかりに他のものが見えなくなることもある。働き者で人生で初めての恋をして結婚した男——そんな男がなまけものでぐうたらな男になってしまうことだってある——それは家族を好きになってしまった結果なのよ」
「スタナーはそうじゃなかった」
「そういう危険もあるってこと。家族が人を狂わせることもある——ただ傍目にはそれが純粋に見えることもある——それだけのこと」
「それだけのこと?」
「そんなものよ」
「きみはリョーコがきらいかい?」
「好きよ——だからわたしも変なのよ」

 とにかく——トミーは変なものを好きになってしまった。時には人の頬をえぐるギターを。彼は間接的にでもタミヨの時間を放棄したことになる。

 デジーはトミーにとってただの偶像だった。はたしてほんとうにそうだろうか? トミーはデジーを好きになるべきではなかった。
 トミーのおかげでアルは金持ちになった。それはトミーが行ったたったひとつの善行だったかもしれない。むろんそれはトミーの意図したところではなかった。しかし、アルの先行きはあまり長いものではなかった。アルは去年時間を放棄した。身体に良いはずのクスリを飲み過ぎ——らしい。
 デジーはまだ帰れない。

♪ほんとうのところ——

 わたしはトミーの歌を訊いたことがなかった。たいがいのグルービーたちもそうだった。トミー——彼はほんとうは歌を歌いたかったのかもしれない。しかしそんなこともなかったかもしれない。彼の声はあまりにいがらっぽかったし、アヒルのようだった——グワッグワッ。
 ヨーロッパは遠いと思うのかい?——それはちがう。そんなことはないんだ。トミーはただ知りたかっただけのだ。ほんとうのことを。
 ほんとうのことってなんだろう?
 わたしはサワコに訊いてみた。彼女は笑ってくれた。何も答えなかった。わたしはそれでもうれしかった。彼女はわらってくれたのだから。それでいいんだ——そんなものだ。

 まだトミーが生きていた頃——リョーコはよく黙ることがあった。
 リョーコはわたしの質問を聴いたあと黙ってしまう。沈黙である。彼女はスパイを警戒していたのかもしれない。誰かが(それは彼らや彼女たち——たぶん公的な機関の者だったと思う)アジテーターに干渉するものを極端に恐れていた。その噂は、ファンクラブを通じてグルービーたちのあいだにひろがっていた。
 確かにトミーという存在は宗教に近かった。
 トミーは首謀者なのだ。『何をしだすかわからない教』の教祖だった。そんな宗教はない。だが、彼らと彼女たちの間にそれははっきりと明瞭に描き出されていて、トミーはその中心だった。

 わたしはスタナー自身が、何かをしゃべることをためらっているように見えた。彼は見た目でもつらそうだった。その中身もそうだったにちがいない。精神的な疲れは、肉体にも影響をおよぼしていた。彼の姿にはそれがありありとみえていた。
 ああ、スタナー——きみは悲しいのだろう——それでもわたしはきみに何もいわないだろう——それどころか——きみがこの場所にいないと思うだろう。たいがいの人間は自慢する——他人の知らないことを——それがいったいなんだというのだ?——たいがいの人間は自分一人が苦労していることを諭すだろう——だがそれはわたしにはなん関係もないことだ。いったいそれをわたしに聞かせてどうしようというのだ?——わたしが嘆くことを期待しているのだろうか?——これでは悲しいことしかいえない。わたしが憂いを抱くとでも思っているのだろうか?——わたしには辛くなる必要はない。わたしが泣き出すとでも思っているのだろうか?——涙に理由はない。泣きたければ泣けばいいはずじゃないか?——けれど無理に泣こうとは思わない。わたしの回路はそのようにできていない。
 スタナーは電気的にわたしを刺激する。刺激はけっして強くはない。だが彼の電気はわたしの心を打つ。
 ——たしかに彼は悲しかったのだ。
 ほんとうのことってなんだろう?
 わたしはリョーコにさえ訊いてみた。うつ状態のリョーコに——彼女は笑わなかった。そして何も答えなかった。わたしはそれをしかたのないことだと思った。それが彼女の現実だった。
 現実とは、スタナーが自分のために手首を残して自らの時間を放棄したこと。そしてアユムが自らの手で時間を放棄したこと。そのあとにはタミヨが医者の手によって時間を破棄されてしまったこと。
 博物館に飾られた手首はいったいなんだ?
 それもひとつの真実だった。
 そしてわたしの欠けてしまった小指も。

♪独り言(あってもなくてもいい)

 しみったれた人生はまだ続く。
 たぶんわたしは消えるべき人間だったのかもしれない。できるならば——惜しまれながら割愛される形で。わたしは仲間がいながら孤立した人間であったと思う。デジーのひとりぼっちは孤立といえたか?——そうではないとわたしは思う。わたしは絵が好きで芸術全般が好きだった。わたしはそれを好きになるほど孤立していったのだ。好きなためにわたしの時間のほとんどがわたしだけのために使われるようになった。そして孤立する——それはなぜだろう。その答えは簡単である。わたしはそれについて何も語ろうとはしないからだ。わたしにとって芸術が逃げ場だった。わたしはその神聖なる逃げ場を誰にも侵されたくはなかったのだ。それを侵すもの——それは数ある評論、マニュアル、教育——自然に育まれ、自己理論で成り立つ教養を教養として認めないのはなぜだろう?
 しかしもう『なぜ』とはいうまい。
 わたしに似ているものを——これもまた多分に評論的意見であるが挙げてみよう——
 スタナー、デジー、リョーコ、アユム、サワコ、そしてカンジェロ他もろもろ——
 独りという点においてはみんな同じだった。

【終わり】



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