SSブログ

仮題:スタナーと彼をめぐる話しについて 9 [仮題:スタナーと彼をめぐる話しについて]

【9回目】

♪トミーの電気旅行

「ちょっと旅行に行ってくる」それがトミーの言葉だった。トミーの身体はテレビジョンのノイズのように乱れそして消えた。トミーは地球上のあらゆる電波に入り込んだ。彼はテレビジョンに映りケーブルの外皮からその中の電線へと移り自らを電気に同化させた。彼の行った行為はたぶん『いたずら』と呼ばれる。
 トミーはまず衛星に入り込んだ。光り輝く羽根に反射してまっすぐに地球へと突き進むに電波に絡みつきながら成層圏を突き抜け地球上のアンテナにたどり着く。様々な材料や部品で構成された回路を——そのほとんどは鉱物だった——くぐり抜けてもトミーの身体は少しも減衰することがなかった。それどころか彼の放つ力は回路の限界を刺激し、焦げ付かせようともした。命令がなければくぐり抜けることのできないゲートも、触覚が人の数百倍発達した金庫破りのように難なくすり抜ける——とてもスマートに! トミーの前ではいかなる電気的暗号は何らの意味も持たず、無力で、彼のギターが振動させる変質的な効果の前にただひれ伏すだけだった。

♪スタナーのロック・ミュージックプログラム

 スタナーが作り上げたもの——それはロック・ミュージックプログラム。階下のコンピューターたちはすでにトミーにより破壊されていた。限界を超えた部品は、燃え尽きた臭いとともにその機能を失っていたのだ。トミーの振動は電気である。エレクトリック! トミーは針金や、ある場所では無線で結びつけられたネットワークを暴走列車のように突き進んだ。彼が見つけたものは光だった。トミーは周波数で作り上げられた波が媒体にぶつかりながら発生するものとは別な光を見た。そしてその光から発される他とは異なる振動を感じた。それはなんだっただろう?——ゴム製絶縁手袋をはめたスタナーがキーを叩き続けるリズムだった。——しかしトミーはそのことに気がつかなかった。彼は光のスパークや振動に気がついていたとしても、スタナーというまったく『普通』な存在を知る由はなかった。彼の意志は自然と異質なスパークから自らを遠ざけた。
 カチャカチャ——スタナーがキーを叩く。彼は叩くたびに『序章』と打ち続ける——これで彼は約二万千回目の人生というページを作り上げた。彼のコンピューターはトミーのいたずらよりも前にその限界を思い知ることになる。スタナーが目の前にしているそれは十八台目のものだった。

 わたしの目の前に小さなスクリーンが浮かび上がったのはスタナーがキーを十六文字叩いた後だった。
「ハロー、ミスター・モーガン・サザーランド。おお、リョーコ、そこにいたのか」
 わたしがスクリーンに映し出されているものがスタナーだと気がつくのに十秒ほどの時間を要した。砂嵐が動きながら形を作りだし、色を与えられた後で映し出されたのはスタナーの顔だった。彼の目の周りにはパンダようなクマができていた。

♪リョーコに関するアユムの夢

 アユムが残したノートに書かれていたもの——そのなかにはリョーコの夢についても書かれていた。それはこんな夢である。

・・・・・・・・・・・・・・
 彼はホテルのような建物の中にいた。地下室へと続く廊下や階段を歩く。幅が四メートルほどもある大きな階段だった。地下二階には大きな踊り場があり、そこには客の衣類や持ち物を預かるクロークがあった。そこに預けられていたものは楽器——巨大なセロやチューバ——踊り場の脇ではショーケースが並びバイオリンが売られていた。アユムは踊り場の手すりに身体をもたれさせて立ち止まる。彼は走りながら降りてきたのだった。彼の息は荒かった。するとリョーコが降りてきた。アユムは「やあ」といった。リョーコはアユムの顔を指さしながらいたずらっぽい顔を見せる。アユムは訊く——
「何でここにいるの?」
「たまたま」
 アユムがふと目をそらしていたすきにリョーコはアユムのすぐ隣にいた。そして彼の目に見えたものはリョーコのうなじだった。
「わたしちょっと太っちゃった」
「そうだろうか?——全然——すごくきれい」
・・・・・・・・・・・・・・

 夢に対する記述はそこで終わっていた。
 そしてこれがアユムが最後に見たリョーコの夢だった。
 彼はもう一度夢が見たかったのだろう。なぜ?——そう書いてあったからだ。仮に夢であっても彼はリョーコに会いたかったにちがいない。それが彼の彼女に対する思いだった。

♪トミーの電気旅行・パート2

 マーレー・フラスコがいった。「ミスター・カンジェロ、わかったよ。正体が」
「正体ですか?」
「衝撃波の正体だ。そいつはほんの数時間前に衛星の回路を焦げ付かせた。衛星B21——監視センターから情報が入った。誰かが飛んでいって治療しなくちゃならないほどだ
 衛星を焦がしたあと、その衝撃波は幹線電波を通じて基地局へとおり、そこら中をかけずり回ったらしい。市場のディーリングセンターにもおじゃましたようだ。株価表示をさんざん乱したあげくいくつもの会社をつぶしたようだ。そのなかにはわたしの傘下の企業もある。
 そのあとにどこへ行ったと思う? 薬売りやポルノのページだ。どのように行ったかは知らないが、衝撃波は蓄積されたほとんどのデータや進行中の発送データをめちゃくちゃにしたらしい。キンダーランドには爆弾の小包が送られたし、病院にはペニシリンの代わりに二トンのアヘンが出荷された。小学校の子供たちや、老人がつどう希望の家には、夜に女装する変態男が注文した空気入り人形や女性用マッサージ器が何ダースも届けられた。注文したはずの薬が届かない中毒患者は首をかきむしりながら半狂乱の体でページにアクセスするがなんのいたずらか世界保健機構の薬物中毒者更正プログラムにつながってしまう。喉や胸をかきむしる中毒患者は太陽の下で見知らぬ人間を八人刺した。性的に興奮した老人の方はといえば、ボランティアの肥満体女性を押し倒そうとして首の骨をへし折られた——これは相手が悪かったな。しかし、小学生たちの方は成功したようだ。彼らは集団で女教師の服をはぎ取ったり、同級の女の子とことにおよんだらしい——教室は血だらけだ! あいつらはまだ体液だって製造できないんだから。
 まあ——衝撃波はそんなことをしたんだよ」
 カンジェロは淡々と話すマーレーの言葉をだまって聞いていた。「そいつは例のシビレ男なんですか?」
「いや彼じゃない。彼もたしかに負けないくらいの光を放出するが、その場所はたいがい同じところ——この衝撃波のように行ったりきたりはしていない。シビレ男は退屈がよっぽど好きならしい。それに——」
「それに?」
「衝撃波の光はシビレ男のそれとは異質のものだ。この光には本体がない。こいつは限りなく自由な光だ。発行する源がない。これはただの光なんだ。あの愚鈍なシビレ男とはちがう」
「本体がない?」
「そう、本体——つまり身体がないんだ。考えてみれば当たり前のことだ。本体をもちながらどうやってこれだけの動きができる?」
「それじゃどこにでも入ってくる——もしかするとここにも来る?」
「ああ、もちろん。さっそく地下の配線室にアブソーバーを入れさせたよ」

♪スタナーの悩み

 スタナーはなぜ自分の目を治そうとしたのか?——それはささいなことだ。彼は妻のアリスが一時他の男と会っているところに遭遇したことがあった。そのときの彼はメガネをかけてはいなかった。スタナーの登場にアリスは驚きを見せたらしい。彼女のとった行動は男の広い肩のなかに隠れることだった。彼女は見つかってしまった——そう思いこんでいた。ところが——スタナーはコートのポケットに手をつっこんだままその脇を通り過ぎた。アリスはスタナーに語った。
「あのとき何もいわなかったあなたの心がわからなくてずいぶんと悩んだものよ」——だが彼女の本心はこうだった——『はっきりしやがれ!』
 だがスタナーにはほんとうにわからなかったのだ。彼の十分に機能しない目はフィルターがかけられたようにもやでおおわれていた。その視界にはアリスや他の男の姿は映らなかった。
 スタナーはアリスの告白を受けたとき、彼女のいっていることが信じられなかった。おおざっぱにいえば彼女は浮気をしていた——アリスの言葉を信じるならば、それは三回限りの密会だった。男はアリスが大学にいたころにつきあっていた二つ年下の人間だった。
 スタナーがアリスを許すことができたのは、アリスに対するスタナーの愛のおかげである。
 彼には彼女しかいなかったのだ——これは嫉妬なんかではない。

♪トミーが与えた恩恵はアルへと続く

 トミーが行った数々のいたずら——結果的にそれをよろこんだものの一人に荒野のガソリンスタンドマン・アルがいた。
 アルの古ぼけた店のドアを叩いた男はクスリのバイヤーだった。バイヤーが預かっていたクスリのほとんどは、衝撃波トミーの影響を受けて誤動作した注文プログラムにより、間違った場所に配送されてしまった——らしい。小柄な男のなりは銀行屋のようだった。狭い額の顔に浮かぶ彼の目は落ち着きがなかった。アル曰く、「あいつうまい話しにはすぐにでも飛びつきそうなやつだったな」そして、「パッと見はビシッとしていてな、カチンコチンのガチガチでやんの。顔色はまるで幽霊みたいだった。なにかヤマを失敗したか?——なんて思ったものさ。しかしたいしたヤマじゃあるまいと思ったよ。ネズミみたいな男だったからね。この手のやつは、失敗するようなことをしないのさ。平穏を好むに決まってるんだ。どうせ馬券をクズにしちまったか、会社のちょっとした金をくすねちまったってところか——それは当たってた。公務員みたいなその男はクスリが欲しかったのさ。なんだか説明できないような間抜けな理由で客に売るはずだったクスリをどこかよそにバラまいちまったんだって。それでクスリが大量に要るようになった。いろいろなところをあたったらしい。もともと元手のないあいつは足下を見られっぱなしで、おんぼろなクーペを乗り回しながらたどり着いた先がオレのところだったってわけだ。せっかくのスーツは長いドライブでしわくちゃ、それに汗までしみついて固まちまってた。おまけに砂までかぶって台無しでね。精気のない目はまるで魚さ。クスリをやってるやつもそうだが、クスリを売ってるやつだって結局クスリのおかげであの世にいっちまう。確実に儲かるのはいつも胴元。胴元からクスリを預かってそれを売る奴らがいる。しかし実際の話し——クスリを買う奴らはどうだ?——みんな明日の金にも困っているような奴らばかり。クスリの前に家どころか、飲み食いさえ困り果てているやつらばかりだ。力も抜け果てて、盗みをすることも忘れちまってる。クスリを売る方はどうだ? はっきりいっておおっぴらにできる商売じゃない。たいがいの売り手は買い手を待ち続けている。ところがやってくる買い手はみんなスカンピンだ。結局同情と人情や義理、たった数時間の情交で貸し売りしたあげくがとんずらされて上納金の自転車操業——やせ細る身体を引きずりながらどこかへ姿を消すか、あの世に逃げちまうのがオチってもんさ」
 男が欲しかったのはアルの作るメタンセタニンだった。最初のうち、アルはためらったらしい。
「もうカタギだってところを見せてやらなきゃならなかったのさ。安く見られないためにね。みんな探り合い。いきなり金の話しを持ち出してもだめだ。すぐにかんじんの話しには入っちゃいけない。のらりくらりと進めながらうまい具合にこっちのペースに引き込むんだ。そこが大事さ。相手が焦りだしたころを見計らう——そして舌なめずりをしながら『しょうがねえな』って感じで——ほんとうにいやそうな感じで応じてやるのさ」
 アルは五日間待てといった。そしてエタノールを買い込むためといって男から前金を受け取った。その交渉中、クスリのバイヤーがアルの目を見ることは数回もなかった。男の目のやり場——それは壁に貼られたビーバー丸出しの女がプリントされたポスターだった。男はビーバーを見ながらアルに連絡先を訊ねた。アルは「ない」といったらしい。「電話は最近止められちまってね」——自称『応接間』にある電話は四年前に使用許可を差し押さえられていた。男はしつこく食い下がった。まるで連絡先のない人間が人間ではないように。結局アルが教えたのは店の前にある公衆電話の番号だった。

 ちなみに——アユムには彼が生きてきたきたなかで連絡先のない時代が二回あった。そのうちひとつはあまりにプライベートな理由で、もうひとつは母親の胎内宇宙にいたときだった。その間の彼は人間だったか?——彼は『物』だった!

 結局アルはそのバイヤーにしてみれば人間ではなかった。アルが教えた公衆電話の番号はもうすでに使われていなかった。電話の線はつながっていなかったのだ。どこにでも行き先の途切れた物はある。

 五日後に男がやってきたとき、メタンセタニンは要求された半分もできあがっていなかった。男は嘆いたが、それがアルの手であった。
「最近じゃ材料が高くなっちまってな——疑うやつらも多くてなかなか売っちゃくれないんだ。これでもいろいろな店からかき集めたんだ。おかげで割高になっちまった。それでも苦労したんだぜ」
 そうしてアルはまた金をせしめた。前にいただいた前金はまだ半分は残っていた!
 残りの量を作るのにまた五日を費やした。その結果アルが得たものは五つの札束だった。それはまさしく黄金だった。ほこりだらけの部屋にゴミのように散らばるスプリングが飛び出したソファ、足が折れたテーブルに破れた汚れだらけのカーテン——その部屋の中に積まれた札束は盗んだ電気で光る灯りよりも数百倍輝いていた。
「正直いって——照れくさいんだが、札束の臭いを嗅ぐなんてホントに久しぶりだったんだ。いつも嗅ぐのは破れて汗にまみれたキリ札。それもめったになくて金といえばたいがいはコイン——オートベンダーでも使えないような。札束じゃないが紙といったらビーバーが印刷された使い古された雑誌くらいかな。どちらにしろ同じ紙、けれど札束ってのはいい匂いがするよね。すべての欲求をそそる——まるで旧約聖書のリンゴさ——こいつには(アルはそういいながら折りたたんだ百ドル札を一枚指でなでまわした)食欲や物欲に性欲それに愛欲——欲、欲、欲、欲!——すべてが埋め込まれてる!」
 アルにとってその札束はデジーのバンド以来の収入だった。
 アルは札束を鷲掴みにし、壁に貼られたデジーのポスターの前に立ちそれを突き出した。そしてアルはポスターの中のデジーに唾を吐きそして痰を吐いた。すでにそのポスターはひっかき傷と幾層に重ねられたヤニや唾でじゅうぶん汚されていた。
 デジー、リンボー・デジー様! 見て見ろよこの札束を!——オレを甘く見るんじゃねえぞ。オレだってこんなに稼げるんだ——いや、オレだからだな。どうだい? オレがおまえの後ろで裸より恥ずかしい格好をしながらタイコを叩くしか脳がないと思っていたか? おまえがいなくてもオレはこんなに稼げる——もともと稼げたんだがな——ほら! ざまあみろ!
「オレはそういいながら札束をポスターにぶちまけたんだ。気持ちがよかったね」

 デジーにはまったく迷惑な話しだった。
 アルがデジーの前に現れたのはデジーがソファに座っているときだった。デジーはたいがい座っている。デジーには目の前にいる男がアルだとはすぐにわからなかった。アルは——他の人間もそうだがデジーに比べてあまりに年を食うのが早すぎたのだ。年の費やし方がちがっていた。人間の間でも年の費やし方がちがうものはかなりいた。

♪月の上タンゴ

 わたしはリョーコと月の上でタンゴ(らしきもの)を踊ったことがある。それはアルゼンチンで見た記憶を頼りにしたもので、いかなる技術的下地のものではない。リョーコにしても同じことで、彼女にとってのタンゴとは、『ズッチャ・ズッチャ』という言い伝えリズムにより模倣されるものだった。
 その頃のリョーコはまだ元気だった。鬱病になる前の女の子だった。
 わたしがなぜタンゴを踊ったか——それは宇宙スクリーンに浮かんだスタナーに自分たちが元気であることを伝えるためだった。わたしたちがぎこちなくタンゴを踊る様を見たスタナーはこういった——
「おー、見せつけるなよモーガン・サザーランド。それにリョーコ、きみはタンゴを踊れるのか!——もしもバンドネオンがあるのならボクが伴奏をかってでるところ」
 リョーコがいった、「アコーディオンを弾けるの?」
 リョーコが訊いたことはスタナーにとって少々手きびしいことだった。彼のシビレる指ではバンドネオンは帯電したあげく破壊されてしまうだろう。
「ちがうアコーディオンじゃない、バンドネオンだ。弾けないけれど簡単さ、プログラムにまかせちまうのさ。だいたいボクがここに現れているのもプログラムのおかげなんだ」
「スタナー、もしかするときみがここにいること——それがロック・ミュージック・プログラムなのか?」
「まあそんなところ——それも『パート1』ってところかな——ほんの一部——人生のはじまりさ、タイプライタをガチャガチャ叩きはじめたところ」
 スクリーンのなかのスタナーは両手でキーを叩く真似をした。
「ところでモーガン、月のゴミはどうした? そこにあるのか」
「月のゴミ?——ああ、それに関してはきみが正解だった。たぶんきみのいうところの月のゴミはトミーなんだろう?」
「そう、そのとおり——わかっていたさ。リョーコやきみといったコンサート——あそこでスクリーンに映った彼を見たときにね。彼はボクと似てる——電気だ」
「電気?——トミーは電気なのか?」
「電気だよ。あいつはきみらのいるところから飛び出してはそこらじゅうで好き放題あばれてる」
「——ギターだけ弾いていてくれればいいんだがね。けれどきみとは似て非なるものだね」
「いっしょだ——彼に肉体がないことをのぞいてはね——どちらにしろお互い受け入れられない立場なんだ。今ボクのところにある端末——これもシビレてきてる——ときどき画面が揺れるんだ」
 宇宙スクリーンの画面が引き裂かれるように揺れた。そして元通りになろうとしたとき、スクリーンの中にもうひとつの姿が現れた——わたしはそれを見たことがある。そいつはトミーだった。

♪アルはデジーに会う

 デジーはいったらしい——「なつかしいよ」
 アルがデジーのもとに現れたのは、わたしが月へ行くためにデジーと会ったあとのことだった。
 アルはかび臭い絨毯の上に唾を吐いた。アルは無限に口中で無限に唾を作り出すことができた。これは彼の特徴のひとつでもある。
 アルは不服そうにいった——「なつかしい?——そうか」
「遠かっただろう。きみはアメリカ?——だったっけ。どうやって来たんだ?」
「どうやって? しょうがないから金を払って飛行機で来たさ。空を飛んでな。自家用は人に貸しちまってな」そういってアルは自分の肩を揉む。「窮屈なファーストクラスだったぜ」——アルはそういうと搭乗券の切れ端——半券を見せた。
「おお、アル——きみはあいかわらず羽振りがいいな」
 おれは少々とまどったよ——アルはそういった。「羽振りがいいなんていいやがる」——デジーにそういわれてアルはなんと応えたか? それはこうである——
「石油会社の社長だからよ——ガソリンを売ってんだ」アルはそういいながら笑い顔も見せず——ふてくされた顔でデジーの前に立っていた。そういった表情も彼の『手』のひとつだった。
「それにしてもよくここがわかったな」
「元宇宙人で、オカマ、出来そこないで今じゃ生きているのかわからない人間は?——そんなクイズを出せば誰にでもわかる。それにこんなへんぴなところに住んでいたんじゃなおさらだ。逆に目立つってもんさ。『幽霊屋敷』っていえば有名だったぜ」アルはそういって手鼻をかんだ。「だがおまえは事実もしらなきゃいけない。ここを教えてくれたのはババアだったよ——ぜったいに若い女じゃなかった」

 アルはわたしに話してくれた。
「あいつ——あいつってデジーのことだけどよ——けっこうさみしそうだったぜ。独りで住んでやがったんだ——カビ臭い漆喰に囲まれてな」そしてこうもいった。
「あいつ——けっこうさみしそうだった」

♪未来に平和を——子供たちの環境を!

 スタナーは何か言い残したことがあっただろうか?
 仮にそれがあったとして、彼はそれを口にしようとしたのだろうか?——わたしはたいがいにおいて人のプライベートを覗きたがり、あげくはそれを暴露してしまうといった、とてもいやな癖があるようだ。
 彼はトミーと相交えたがために自分の身体に蓄えられた電気をすべて放電してしまった。彼の身体は空っぽになった。自らが作り出し、自らの身体に結びつけられたロック・ミュージックプログラムは、トミーの稲妻ギターから続けざまに発される衝撃波の周波数とリアルタイムで同調され、さらにその偶数倍の周波数を持つ衝撃波で受け止めるもの——そして彼の身体に蓄えられたエネルギーをコントロールするものだった。そのプラグラムはスタナー自身では抑えようのない電気放射のゲインを自由自在にコントロールできた。身体の抵抗量でゲインを増減させるそのプログラムはスタナーの身体から白煙を上らせた。

 トミーが現れたのは『トミーほんとにさよならコンサート・リバイバル』の会場だった。トミーの追悼コンサートを興行したマネージャーがいい出したことだった。ただそれは副題である。ほんとうのコンサート名はこうである——
『未来に平和を——子供たちの環境を!』

 これは刻々と浸食されてゆく自然環境を保護し、未来に活躍するであろう子供たちのためにそれを残しましょう——というスローガンのもと開催されたシンポジウムだった。
 そのシンポジウムは一時間で終わった。
 トミーの存在目的は何だったか?
 それは客寄せである。どこにでも客寄せパンダに似たものはある。そしてトミーは相変わらず『宙ぶらりん・移動式・超薄型・数千万色表示』のスクリーンに閉じこめられていた。
 そこにほんとうの子供の姿はなかった。会場に来た客のほとんどは盗まれたタネで遺伝子工学的に作り上げられた人造肉を摂取していたし、女性は経口避妊薬といわれるものを、男性は男性自身を快復させるクスリを服用していた。たいがいの男性は顔を赤らめていたし、女性は開放的だった彼らはお互いの身体を短絡させる。
 それは緑とともに胎内自然さえもが奪われようとしていたころの話しで、現実に今、そうした影響をもったものが過半数に上っていた。

 悲しんでいいものだろうか?
 苦しんでいいものだろうか?
 ここでまたわたしは振り返る——なぜわたしはスタナーのことを綴ろうとしたのだろうか?

♪さみしいじゃないか?

 アルはデジーの顔が微笑んでいることにいいようのない不満がこみ上げていた。
「デジー! おまえは懐かしいといってオレのことを思い出に仕立て上げようとしているが、オレはおまえのことを一時も忘れたことはない。毎日オレはおまえに唾を吐いてきた。ところがどうだ——おまえはオレのことなどすっかり忘れていたのだろう!——『アル』という名前だってな——そんなおまえが懐かしいなどというんじゃねえ——」そして、「オレはおまえにとってただのオルゴールだったじゃないか!」

 デジーはアルの話しを黙って聴いていたようだ。よく何の文句もいわなかったね——そうしたわたしの問いかけにデジーは応えてくれた——
「モーガン、ワタシは人の話しをよく聞く人間なんだ——失礼——『人間』ではないがそういうものなんだ」

 再びアル——
「オレはおまえに雇われたばかりにさんざんな人生を味わってきた——」アルはそういいかけ、『オレは石油会社の社長なのだ』と心の中でつぶやいた——「女房とは別れちまった子供も出てった。おかげで今じゃ跡取りに苦労するしまつさ——養子でもとろうか——なんてな——と、とにかく苦労したんだ——さんざんな! おまえにゃわかるまい!」
 アルはズボンのポケットからクスリをつかみ出すとその錠剤を口のなかに八錠放り投げた。それは自家製のクスリだった。デジーは心配そうにいった。
「アル、身体が悪いのか?」
「仕事疲れだ。それにおまえのせい——おまえと仕事をしたために胃や肺に穴があいちまったのさ——」そういう端からアルの顔は赤くなった。額から汗がにじみはじめた。「そう、オレはいそがしいのさ。その合間をぬってわざわざおまえに会いに来たんだ」
「そうか——ワタシのせいで奥さんと別れたのか」——デジーは何かを思い出すようにゆっくりとした口調でいった。「——すまなかった」

「ほんとうにそう思ったんだよ」——デジーはわたしにそういった。なぜ? とわたしは訊いた——「モーガン、独りってさみしいじゃないか」

 デジーはアルにいった。
「忙しくて身体に穴が開くくらいなら、仕事など辞めてしまえばいいじゃないか?」
 アルはいった——
「よけいなお世話だ——いつでも辞めれるさ!」

♪帰ってきたトミー

 トミーは帰ってきた。スタナーの宇宙スクリーンのなかから彼の稲妻ギターから狂った周波数にからみついた電気が放出された。
「なんだこれは?——」トミーはそう叫んだ——スクリーンから激しいスパークが、リョーコやわたしの立つ大地に墜ちてきた。そのスパークはトミーになった。白い顔のトミーに。
 スクリーン上のノイズがひどくなった——スタナーの声がとぎれながら聞こえた。それはこう聞こえた。
「モーガン————端末が——壊れた」
 スクリーンが消えた。
 トミーの頭が静電気に襲われたように逆立っていた。
 トミーがいった——「今のはなんだったんだ?」
「スタナーだ」——わたしはそう応えた。そして「友達だ。彼はいい友人さ——とても友達思いなんだ」
「そいつはよかったね」
「スタナーが教えてくれた——きみはさんざん暴れてきたんだろう?」
「別に——ただ、つながっているところを走ってきただけだ。ドライブみたいにね」
「しょっちゅうドライブをしてるのか」
「ここは退屈なんだ」トミーはそういってギターを構えた。そしてAのコードを弾いた。光のスパークが宇宙の遠くへと激しい音響とともに飛んでいった。わたしの耳はしばらくの間麻痺せざるおえなかった。リョーコの方を振り向くと、彼女はなれたもので、両耳を手でふさいでいた。リョーコが小声でいった。
「まったくやんなっちゃうわ。いつもあの調子——言葉につまるとすぐにギターを鳴らすの」わたしは同感だった。

「ところでトミー、わたしたちをいつ地球に返してくれるんだ?」
 トミーは当を得ない顔をした。「何をいってる?——あんたは自分でここに来たじゃないか。帰りたければ帰ればいい。その娘を連れてな」
「——それが帰れないんだ。カミカゼみたいなもの——片道切符だ」
 それはほんとうだった。デジーはわたしを地球から飛ばすことができた。しかし、彼はわたしを地球へと戻すことはできなかった。彼の手からはあまりにも遠かったのだ。そうした意味でわたしの考えは子供のように無鉄砲だったかもしれない。後先を考えない若者だった。
「それじゃどうやってここに来たんだ?」
 わたしは説明した。デジーが運んでくれたと。
「デジー?——デジーってあのリンボー・デジーが?——ウソだろ」

 Zzz・・・・・・・

 トミーはいった——彼はデジーのレコードを何枚も持っているという。そして叫んだ。
「だからデジーは化石なんだ!」

【続く】



共通テーマ:blog

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。